江戸の町は未婚男性だらけ?「江戸の蟻地獄」と独身男の生き様

江戸の町は未婚男性だらけ?「江戸の蟻地獄」と独身男の生き様

 

江戸といえば、粋な町人や勇ましい侍の姿を思い浮かべるかもしれません。しかし、江戸に生きる男たちの生活は、ドラマや小説で描かれるほど華やかなものばかりではなかったようです。

本記事では、江戸の男性たちの生活をたどりながら、彼らの生き方を紹介していきます。

 

1. 江戸は男性が多かった

江戸時代の日本は、農村社会を中心に成り立っていました。しかし、江戸の町は特異な環境で、地方からの出稼ぎ労働者や武士・職人・商人が集まり、「男性過多」の社会が形成されていました。

このため、江戸の男女比は 1.5:1 から 2:1 という説があり、男性が女性よりも圧倒的に多い状態でした。

2. 男達が落ちていく「江戸の蟻地獄」

江戸の蟻地獄」という言葉を知っていますか?

これは、江戸に移住した多くの男性が 故郷に帰れず、結婚もできず、一生を江戸で過ごす現象 を指します。先に挙げたように、江戸では男性の人口が多かったことも原因ですが、それ以外にも経済的な問題が要因で結婚が困難でした。

この時代、鎖国をして平和だったこともあり、武士の収入は限られ、町人も家を持つには莫大な費用が必要でした。江戸には丁稚奉公として連れてこられた男性も多く、彼らが一人前になれるのは40歳といわれていたので、財力を持っても時すでに遅し……と言うことは多くありました。

そう考えると、結婚をした男はさぞ女を大事にするのだろう……と思いますが、なんと江戸時代の離婚率は相当高かったようです。

「なぜ!?」と思いますよね。思い返してみると、筆者はよく落語を聞くのですが、浮気噺(ばなし)に出てくるのは大抵女性。女性にとっては、今の夫と別れても次の男がいる状態なので、離婚が多かったのかもしれません。

3. 江戸の独身男の楽しみ

さて、生涯独身貴族(?)の江戸の男性たち。だからといって、寂しく孤独な一生を過ごしたわけではないようです。
彼らはどのように人生を楽しんでいたのでしょうか?

①   長屋文化と人情

江戸の庶民は長屋と呼ばれる集合住宅で生活し、近所付き合いを大切にする文化 がありました。結婚せずとも、同じ長屋の仲間たちと助け合うため、孤独で寂しいということはありませんでした。

ちなみに、多くの独身男性が暮らすのは、長屋の中でも表通りに面していない裏長屋でした。ここは日当たりも作りも悪く、寝るだけの粗末なものだったそうです。

理由としては、「どうせ火事が起きるから、壊れても建て直しやすいものにしよう」という貸主の考えがあるとかないとか……。

② 遊郭と食文化の発展

結婚が難しい男性たちの中には、吉原などの遊郭に通う者も多くいました。しかし、江戸の遊郭は単なる遊びの場ではなく文化交流の場 でもありました。俳諧(はいかい)や三味線、歌舞伎などの芸能が発展したのも、このような社交文化があったからこそ今に残るものとなっています。

独身男性が多かったからこそ誕生したもの、それは外食文化です。

独り身で食事を作ることもない男達のために江戸では様々な外食が発達しました。その中でも有名なのがそば。短い時間でサクッと食べられることが江戸の男達にとって重宝されたようです。今でも東京でたくさんの外食店があるのは江戸の男達のおかげかもしれません。

居酒屋と呼ばれるものが誕生したのもこの時でした。当時から酒屋でお酒を飲む文化はあり、つまみが欲しい時は他のお店から出前をとっていました。しかし、ある酒屋さんが「つまみも自分達で提供すればいいのではないか?」と考えて生み出されたのが居酒屋です。

夜、居酒屋でお酒をひっかけたあとに遊郭などに繰り出すのが、江戸の男の粋な1日だったのかもしれません。

③ 仕事に生きる

商人や職人の中には、仕事を極めることに生きがいを見出す者もいました。「商いは信用第一」や「職人は技術こそ命」といった価値観が根付き、人生を仕事に捧げることが「粋」とされました。

諸外国と比べて日本人が仕事熱心なのは、この時代から変わっていないようです。

4. まとめ——江戸の男の生き様から学ぶこと

江戸の町に生きた男たちは、結婚できない現実を受け入れつつも、独自の文化や価値観を築いていました。彼らの生き様から、現代人も学べることがあるのではないでしょうか?

「未婚率の高さ」は、決して不幸なことではなく、新しい価値観夜分かを生み出す原動力でもありました。現代の私たちも、江戸の男たちの「粋な生き方」からヒントを得て、自由な人生を楽しんでみるのも良いかもしれませんね。

 


参考文献

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