

突然ですが、「アニメ」と「アニメーション」の違いを知っていますか?
技術としてのアニメーションは、動かない素材を動かしてそれを映写して、さも動いているように見せる技術をさします。この技法を用いた「アニメーション」は、フランスやアメリカで子供用の娯楽として発達をしていきました。
一方「アニメ」は子ども向けではない複雑なストーリーや、感情移入できる主人公、ケレン味のある絵の動きなど、日本で独自の発達を遂げたアニメーションを「アニメ」と呼びます。「アニメ」=日本のアニメ作品群を指し、独自の地位を確立していきました。その立役者になったのが、なんと言っても有名な手塚治虫。
手塚治虫がアニメーション業界にもたらしたイノベーションは数多く、彼の影響は現在の日本アニメのスタイルや制作手法に深く根付いています。今回はそんな手塚治虫がアニメ業界にもたらした主な貢献を紹介します!
(手塚治虫氏/手塚治虫オフィシャルHP引用)
手塚治虫は、ディズニーのようなフルアニメーション(1秒24コマ)ではなく、「リミテッド・アニメーション」 を導入しました。
©️Tezuka Productions
フルアニメーションは、キャラクターの全身を動かして表現する作画技法です。一方、リミテッドアニメーションは口のみの動きや目のまばたきなど、身体の一部のみを動かして表現する技法です。さらにコスト削減と制作スピード向上のために、1秒8コマ〜12コマ程度のフレーム数に抑えたことで、低予算でも効率よく制作できるようになりました。
上記以外にもクリエイターが1週間で挙げられるセルの枚数を逆算して、その範囲でできる演出を考え出すなど、当時考えられていた制作費のおおよそ1/5程度の費用で作ることに成功しました。日本がアニメ大国になったのも、諸外国と比べて大幅に制作費を押さえられたことも一因だと考えられます。
しかし、このコスト削減はのちにアニメ業界の低賃金につながる元凶にもなった、ともいう人もおり、功罪があるようです……。
1963年に放送された『鉄腕アトム』は、日本初の30分枠の本格的なテレビアニメシリーズでした。
手塚は「毎週放送される連続アニメ」という形式を採用し、これは後のアニメ業界の標準になりました。
当時のアメリカ製のテレビアニメもシリーズ放送をしていましたが、1話がおよそ5~10分程度と短く、内容もほとんどがショートギャグのオムニバス形式でした。手塚治虫はコスト削減により、尺を長くできたアニメの30分という中に、複雑なストーリーやキャラクターの心情描写を描くことで、子供だけではなく大人すらも虜にする壮大な物語をアニメに詰め込むことに成功しました。
手塚は、漫画作品で「スターシステム」、(たとえば、アトムが別の作品では誘拐犯の息子を演じたりするなど、同じキャラクターを別の作品で異なる役柄として登場させる手法)を採用していました。
(引用:手塚プロダクション公式Webサイト『火星博士』)
これをアニメにも応用し、制作コストを削減しながらも、過去作品の知っているキャラクターが新作アニメに出ることによって、視聴者に親しみやすさを感じさせることに成功しました。
同じキャラクターを使い回すことで、制作のコストを削減しつつ、視聴者にも喜ばれるなんてすごいシステムですよね。
『鉄腕アトム』の放送に際し、手塚はスポンサーの明治製菓と契約しました。マーブルチョコのフタを2枚送るとアトムシールがもらえるキャンペーンを実施することで、マーブルチョコの売上を爆発的に伸ばしたのです。
今では一般的なタイアップビジネスモデルを開発しました。これにより、アニメ放送と関連商品の販売を連動させる手法が確立し、現在の「キャラクタービジネス」の基盤となりました。
『鉄腕アトム』は今では当たり前になったアニソンの先駆けでもあります。アニメの主題歌を収録した「鉄腕アトム・第1集」は120万枚を売り上げるベストセラーとなり、アニメは見ていなくても主題歌は歌える人も出るほどのポップカルチャーになりました。
『鉄腕アトム』は、1963年にアメリカでも放送され、日本アニメとして初めて海外で成功を収めました。これにより、日本のアニメは世界市場を意識するようになり、後の『ドラゴンボール』『ポケモン』などの世界的ヒットにつながりました。
手塚のアニメ業界へのイノベーションは、単なる技術的な進歩だけでなく、制作手法・ビジネスモデル・キャラクター表現・グローバル展開など多岐にわたります。彼の功績がなければ、現在の日本のアニメ文化は存在しなかったといっても過言ではありません。
いかがでしたでしょうか?
漫画家で有名な手塚治虫がこんなにアニメに影響をもたらしてたなんて、すごいですよね。今後、いろいろなアニメを楽しむとき、彼の影響を感じる部分がたくさんあるはずです!✨