今年の夏、いよいよパリオリンピックが開催されます!東京からバトンを繋いで、パリへ…。
コロナであまり多くの人を受け入れることができなかった東京オリンピックでしたが、今年は世界の人々が同じ苦境を乗り越えた初めてオリンピック。盛り上がること間違えなしです!
そんなパリオリンピックですが、実はパリでの開催が今回が3回目なのはご存知でしょうか?1900年、1924年にもパリで開催されてたんですね。驚きです!
そこで、ちょうど100年前に行われた1924年のパリオリンピックを調べてみました!
100年前と今…オリンピックはどのように変わったのか、はたまた変わっていないのか…。ぜひ最後まで読んでくださいね。
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1924年パリオリンピックの開催期間は5月4日から7月27日。
1924年、パリはオリンピックの熱気に包まれました。この年のパリオリンピック(正式には第8回夏季オリンピック)は人々かの熱気に包まれていました。
なぜならオリンピックの歴史において重要な節目となる大会だったのです。
この大会は、第一次世界大戦後に開催された最初のオリンピックであり、戦後復興と平和の象徴として大きな意義を持っていました。
参加国は44か国、参加選手数は約3,000人で、前回大会よりも多くの国と選手が参加したようです。
100年前は昔のことだと思っていましたが、まさか第一次世界大戦後初のオリンピックだったとは…今年のパリオリンピックも先述したようにコロナ後の初のオリンピック。パリオリンピックは何か大きな節目と縁があるのかもしれませんね。
オリンピックの目玉といっていい陸上は、1924年のパリ大会でも例外ではなかったようです。とくにこの大会で話題になったのは400メートル走で金メダルを獲得したイギリスの陸上選手ハロルド・エイブラハムズとエリック・リデル。
実はエリック・リデルは1924年パリオリンピックで100メートルの優勝が期待されました。しかし彼は敬虔なクリスチャンであり安息日である日曜日のレースを信仰のために棄権したのです。代わりに出場した400メートルで金メダルを獲得し、その信念と勝利はオリンピック史に刻まれました。
(エリック・リデル)
このエリック・リデルとハロルド・エイブラハムの友情はのちに『炎のランナー』という実話を基にした映画になっていました!
まさかこんな映画化されるほどの選手がいたなんて知りませんでした。驚きです!
『炎のランナー』
©️20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
1924年のパリオリンピックには44か国、約3,000人の選手が参加しました。これに対して、今年のオリンピックでは207カ国と約11,000人の選手が参加。参加国と選手数の増加は、オリンピックがよりグローバルなイベントとなったと言えるそうです。
1924年のパリオリンピックは、ラジオ放送が初めて行われたオリンピックでもありました。しかし、テレビ放送はまだ存在しておらず、観客は現地での観戦が主流でした。
現代のオリンピックでは、テレビ、インターネット、ソーシャルメディアを通じて、世界中の人々がリアルタイムで観戦できるので、視聴者数は比べものになりません。
ちなみに、現在IOCの公式サイトではログインすると1924年のパリオリンピックのハイライト映像がみれます!いやはや、100年前の映像がこんなに簡単に見れてしまうとは…いい時代になりましたね。
1924年のパリオリンピックでは、126種目の競技が行われました。一方今回は32競技329種目が行われる予定で、スポーツの多様性が大きく増しています。また1924年には存在しなかったスケートボードやサーフィンなどの新しい競技が導入され、若い世代にも興味が持てる種目が増えています。
1924年のパリオリンピックでも女性の参加が増加しましたが、依然として多くの競技で男性が主導的でした。
今回のオリンピックではもちろん、男女平等の原則が強調されており、多くの競技で男女が同数のメダルを争っています。またさらには男女の性別の壁を越えた競技が行われています。
いかがでしたでしょうか?
100年前と今では参加国や種目など、変化もありましたが、今も昔も変わらないものがあります。それは選手達の熱い想いです。この記事を読んで、少しでもパリオリンピックに興味を持っていただけたら、ぜひ選手達の晴れ姿を応援してあげてくださいね!
参考文献