遠い夢から等身大のヒロインへ…少女漫画の描く憧れのゆくえ

多様化するヒロイン

少女漫画と一口に言っても、とてもひとまとめにはできません。けれど敢えて概観を捉えようとするなら、一貫して「少女の憧れ」を描いてきたと言えるのではないでしょうか。

とは言え、憧れの対象の一つであるヒロイン像も時代によって移り変わってきました。今回は作品の時代背景から、ヒロイン像の変遷を紐解いていきます。

 

 

戦前:少女漫画の夜明け

ヒロインは悲しい運命に翻弄される

戦後、まだ貧困や孤児といった問題に多くの人々が直面していた時代。
少女漫画では、貧しいけれど心優しい少女が悲しい運命に翻弄されるというお涙ちょうだい物語が多く描かれていました。
これらの作品は主な読者である貧しい少女たちに、現実からかけ離れすぎない夢を与えていました。

一方できらびやかな生活を送る美少女も描かれましたが、ヒロインは物語を展開させるための人形的な役割で性格はあってないようなものでした。

 

高度経済成長期:「キャラクター」を得たヒロインたち

転機が訪れたのは、高度経済成長期に突入した1955年頃。
生活が豊かになり、学校に通うことが当たり前になったことで学校が作品の舞台になり始めたのです。

ヒロインは人格を持ち、読者に身近な少女のキャラクターとして描かれました。当初は家庭や友情がテーマで、恋愛は描かれませんでしたが、自分ごととして感情移入のできるヒロイン像が登場したわけです。

ちなみに、ラブコメの登場はさらに時代を下って1965年西谷祥子先生の『レモンとサクランボ』を待たねばなりません。

 

1960年代後半:強いヒロインの出現

ところでこの頃のヒロインは明るく友達思いな、いわゆるいい子が主流でした。その後1960年代後半から、少しずつ違うヒロイン像が生まれてきたようです。

1964年の東京オリンピックのバレーボールブームを受けたスポ根モノの誕生や、1966年に始まった女性解放運動、ウーマン・リブによるものでしょうか。可愛いだけではない、ひたむきな姿勢で悲劇や困難に立ち向かう、信念を持った強い少女たちが支持を集めるようになるのです。

浦野千賀子先生のバレーボール漫画『アタックNo.1』は勿論、池田理代子先生の『ベルサイユのばら』の男装の麗人・オスカルも、自分の信念を貫いて戦う熱い心の持ち主でした。

演技に激しい情熱を燃やす、美内すずえ先生『ガラスの仮面』の主人公のマヤや、古代エジプトでたくましく生きていく、細川千栄子先生『王家の紋章』のキャロルも強いヒロインの系譜にあると言えるでしょう。

 

©️池田理代子/集英社

 

1970年代後半〜1980年代:等身大のヒロインは衰えない人気

1970年代後半から80年代にかけては、ベトナム戦争勃発やバブル景気など社会が大きく揺れ動いていました。少女漫画界でも、ラブコメ一辺倒なスタイルを打ち壊そうとする動きやヒロイン不在の作品も現れ、表現の幅が大きく広がった時代でした。

そんな中、ザ・少女漫画な路線で人気を集めていたのが、陸奥A子先生を代表とする乙女チックラブコメの作家陣です。

描かれるのは、内気でコンプレックスを抱えているヒロイン。けれどイジイジした女の子は素敵な男の子に好かれてハッピーエンドを迎えるという、自己肯定的な面も持ち合わせていました。

旧来の明るい女の子とは対象的な性格に見えますが、共感できて、且つ自分もこうなれるかもしれないという憧れの存在でもある姿は、綿々と受け継がれてきた少女漫画の王道でもあります。

 

1990年代:より共感できるヒロイン像へ

このように描かれる性格パターンが増えてきましたが、これらは相容れないわけではありません。むしろ複数の要素を併せ持つキャラクターがいたり、多様なヒロインが作中に描かれ、1990年代頃には物語がより共感できるものになりました。

矢沢あい先生『天使なんかじゃない』や武内直子先生『美少女戦士セーラームーン』、吉住渉先生『ママレード・ボーイ』等々ヒット作が乱立するのもこの時代です。

世の中ではソ連が崩壊し、バブルが終わり、阪神淡路大震災が起き……と暗いニュースが目白押しなのですが、少女漫画はもっと身近な所にある奮闘や夢にフォーカスして読者に受け入れられてきました。

 

©️矢沢あい/集英社

 

2000年代:自分を変えたいヒロインたち

見過ごせないのは、2000年代に入ってから目立ち始める自己肯定感の低い少女たちの存在です。

ダメなところや自分に嫌いな所があって変わりたいと思っているヒロインが、友人や好きな人の影響で前向きに変わっていくのがこれらの作品のセオリー。椎名軽穂先生の『君に届け』などが代表例です。

実際に変わりたいと思っている読者を肯定して、背中を後押ししてくれるような内容になっています。背景には時代の暗いムードや、SNSの普及等に伴う自己意識の変化があるのかなと思います。

現在連載中の作品にもこの流れを汲む作品が見られ、一つのヒロインのパターンとして定着した感があります。

 

©️椎名軽穂/集英社

 

 

令和の現在:多様化するヒロイン

ただ昨今、ヒロイン像はますます多様化しています。特に最近は強気で周りを振り回すようなヒロインがシェアを拡大していますし、以前は一部の読者にしか受けなかったような共感しづらいヒロインが主人公の作品がヒットすることもあります。

今後さらに捉えにくくなりそうな少女漫画ですが、時代のムードを取り入れて細やかに心理を描く姿勢は変わらず、読者の心に寄り添い続けるのでしょう。

 

<参考文献>

少女漫画のおすすめランキング75選。胸キュンの名作から旬の話題作までご紹介

年代流行

・米沢嘉博(昭和55年)『戦後少女マンガ史』新評社

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