『十二人の怒れる男』が贈る静かで熱い映像体験

『十二人の怒れる男』が贈る静かで熱い映像体験

あなたは、たったひとつの映像作品に人生を変えられた経験がありますか?
映像作品には、私たちの今までの価値観や考え方を揺さぶり、新しい世界を見せる力があります。

今回ご紹介するのは、映画『十二人の怒れる男』です。

©︎1957 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

1957年に公開されたこの白黒映画は、ニューヨークを舞台に、陪審員室という密室で12人の男たちがおこなう議論のみで成り立たせている、90分の映画です。

映画のストーリー概要

舞台はアメリカ・ニューヨーク群裁判所の陪審員室という密室空間。虐待する父親を殺害した18歳の少年の生死を決める審議を12人の男たちが行い議論していくというストーリー。

評決は全会一致が原則であり、有罪と判断された場合18歳の少年は電気イスを用いた死刑判決が下るという緊迫した状況のなかで、12人の男たちが世間話を挟みつつ軽い口振りで談話するシーンから物語は始まります。

最初の簡素な評決で陪審員11人が有罪、陪審員8号という1人の男のみが18歳の少年の無罪を主張します。
「本当に無罪だと思うのか?」と問われた陪審員8号は少し困惑した表情で「わからない」と答えます。疑わしき証拠もあり、再考の余地もないと11人の男たちが次々に詰める中、1人の男は「18歳の少年を信じているわけではない」「ただ、人の生死を5分で決めて間違えたら?」と冷静かつ穏やかに切り出します。

物語は「彼の合理的な疑いを残したまま有罪評決をすべきではない」という声から始まる12人の男たちの議論の行く末、事件の事実、少年の評決を辿っていく展開となります。

“静”の演出の面白さ

筆者がこの映像作品に魅力を感じたのは、どこまでも静かな演出で、しかし12人の熱い議論からストーリーが激動する「静と動」の部分でした。

この映像作品は約90分の白黒映像で、まったく場面展開せず、ひたすら会議室で男たちが議論をするだけというとても静かな作品です。現代の映像作品ではド派手で絢爛な演出が求められ評価されていますが、映画『十二人の怒れる男』は色もなくド派手な演出もなく、ただ真夏の蒸れた密室の中汗をかき、口のみを動かす男性たちが映るだけの真逆の作品です。しかし面白い。

派手で色彩豊かな「動き」のあるアニメ映像作品ばかりを好んで観ていた筆者ですが、はじめて全く異なる映像美を『十二人の怒れる男』の「静」の演出から感じました。必要最低限の描写だけ、議論するだけのストーリーに熱を生み出すこの作品の力量に圧倒されたのです。演出や映像技術がまだ発展途上だった過去の映画だからこそ味わえる、独特の体験でした。

この作品の「静」の演出から感じられる魅力を具体的に紹介していきます。

※ 以下、ネタバレ注意

 

©︎1957 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 

とあるシーンで、陪審員8号を説き伏せようとする男性が話しつつも鼻の下をティッシュで拭き、ティッシュが足りなくなったのか席から移動し、かけてあるスーツから新しいティッシュを取り出す演出があります。この地味なシーンは、現代作品では見所でもないため真っ先にカットされるであろう描写です。

しかし、この作品では垂れ流すかのように演出として盛り込んでいます。場面展開もない密室の中、男性たちが思い思いの行動を取り、この空間に生きていることを視聴者に意識させているのです。ティッシュを取りに行った男は、その後何度も席を立ち、序盤から個人の価値観により他の陪審員と意見対立して場を乱します。

展開を動かすわけでもないこの何気ない「静」のワンシーンは、視聴者にこの男の「動き」を目立たせ意識を向ける大切なシーンでもありました。

議論が白熱し長引く中、蒸し暑い室内で陪審員たちの額に汗が浮かび、シャツに汗染みが広がり、誰もが服を仰ぎ始めるシーン。ついに有罪無罪が6対6となり均衡に達する、物語において重要なターニングポイントを迎えます。

ここで雨が降り始めます。雨により、陪審員たちが窓を閉めはじめたことで室内の蒸し暑さが更に増します。均衡が崩れれば状況が一気に動くという緊張感の中、蒸し暑い室内の中で議論はますます勢いを増し、前半より熱を帯びていきます。

この雨のシーンは、窓を閉めるという演出以外に目立った変化をもたらすものではありません。色もないため、ただ白黒の画面に新たな白黒が増えただけのシーンです。しかしこの静かに聞こえる雨音が、陪審員たちの汗と激しい議論が織りなす緊迫した雰囲気に蒸した「熱」を加え、ターニングポイントである場面の臨場感を一層際立たせています。

このように『十二人の怒れる男』は、派手な演出や多彩な映像表現はなくとも、巧みな「静」の演出で、観る者を物語へ引き込む力があります。緊張感や感情の起伏の「動き」を「静」の演出で生み出すその手法は、現代の映像作品では見ることのできない、シンプルでありながら深い映画体験を提供してくれます。

あなたの新世界は過去の作品にこそ存在する

紹介した『十二人の怒れる男』は上記で説明した通り、約90分間、白黒映像で場面転換もなく、ひたすら会議室で男たちが議論を交わすだけという非常に静かな作りです。しかし、今までさまざまな作品を観てきた人生の中で、筆者はこの作品から最も強烈な熱を感じました。

色のない会議室という密室で、90分間垂れ流される陪審員たちそれぞれの動き、感情、葛藤。極めて最小の演出であるのに、気づけば観ているこちらまでもが蒸し暑さを感じてしまうほどの熱量が、この作品には宿っています。

この「静かでありながら動きを感じる」という、一見矛盾するような熱を、ぜひ『十二人の怒れる男』という過去に生まれた名作から感じてほしいと思います。特に筆者と同世代である20代~30代の女性たちにこそ、現代の多彩で派手な映像作品では決して味わえない、この作品ならではの独特な体験を楽しんでほしいです。

『十二人の怒れる男』は現在Amazonプライムで視聴可能です。ぜひ今こそ、この名作の映像美を堪能してください。

https://www.amazon.co.jp/dp/B09P9HCBNL?tag=filmarks_vod_web-22

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