
皆さんは漫画家・花沢健吾をご存じですか?
素人童貞の会社員が彼女を寝取ったイケメンに逆襲する『ボーイズ・オン・ザ・ラン』、ゾンビが蔓延(はびこ)る世界で、中年漫画家がサバイバルを繰り広げる『アイアムアヒーロー』など、弱者男性の心理にフォーカスした漫画を生み出し続け、根強い支持を得ている彼の作品の魅力とは一体何なのでしょうか。
今回はオリジナルな作風で不動の地位を確立した、花沢健吾漫画の本質を深堀りしていきます。
最初に取り上げるのは、デビュー作『ルサンチマン』。
後年映像化された『ボーイズ・オン・ザ・ラン』や『アイアムアヒーロー』に比べると話題性に乏しくマイナーではあるものの、花沢健吾の作家性を論じる上で避けては通れない、重要な漫画となっています。
主人公はハゲ・デブ・不 細工の三拍子が揃った三十路男性・坂本拓郎。
拓郎がバーチャルリアリティのギャルゲーにドハマりし、AI搭載の美少女キャラ・月子と恋に落ちるのですが、彼女の存在には大きな秘密が隠されていました。
花沢健吾作品に共通する特徴は、主人公が非モテアラサー独身男性であること。付け加えるならほぼ全員が(素人)童貞と定義され、傾向の偏りは否めません。
タイトルの「ルサンチマン」は深い恨みや嫉妬を表す心理学用語。突き詰めれば自身の劣等感を優位の他者への私怨、復讐心に紐付ける精神の働きを指し、花沢健吾作品に通底するテーマとなっています。
本作は社会の負け組代表な拓郎と、バーチャルヒロイン・月子の恋愛を軸にしたSF漫画。現代社会の底辺でルサンチマンを拗らせた拓郎が、最先端の学習型AI・月子との対話を通し徐々に変化していくストーリーは、ビルドゥングスロマンの側面も持ち合わせています。
次に紹介するのは、2005年に連載スタートした『ボーイズ・オン・ザ・ラン』。
©︎花沢健吾 / 小学館
本作は平凡な会社員・田西敏行が、イケメン営業の青山に好きな人をヤリ捨てされた復讐を誓い、ボクシングを始めるストーリー。「NTR男子のリベンジ」がテーマです。
『ボーイズ・オン・ザ・ラン』には二人のヒロインが登場します。ひとりは田西の同僚の植村ちはる、もうひとりが田西のボクシングトレーナー・大巌花です。
前者の描き方はことさら露悪的で、自分をもてあそんだ加害男性に意趣返しせんと弱者男性を利用する狡猾さが、したたかなリアリティーを生んでいました。
クズイケメン青山とヘイトを二分するちはるの自己本位な振る舞いが、男に都合の良いヒロイン像の対極に位置するショッキングなインパクトを与えたからこそ、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は名作になり得たのです。
その青山の末路も凄まじく、あっさり復讐を成し遂げ大団円とはいかない、後味の悪さが格別でした。読み味の似た作品を挙げるなら浅野いにお『おやすみプンプン』や押見修造『惡の華』、作者がリスペクトしている新井英樹『宮本から君へ』でしょうか。
非日常的な題材を扱った『アイアムアヒーロー』とは別ベクトルのシビアさに貫かれている為、田西やちはる、花の身に降りかかる悲劇を完全なるフィクションとして割り切れないのがポイントです。他人事として俯瞰するには、キャラクターの生々しさがずば抜けています。
鬱耐性がないと読み進めるのが辛いものの、復讐が未完で終わってしまった田西の絶望感や、エゴイズムが肥大したちはるの転落ぶりは、ぜひ見届けてほしいです。
©︎花沢健吾 / 小学館
2009年に連載スタートした『アイアムアヒーロー』の主人公は、35歳の売れない漫画家・鈴木英雄。デビュー作が打ち切られて以降ヒットに恵まれず、アシスタントのアルバイトで生計を立てています。ある日のこと、街で謎の奇病が流行りだし……。
本作のポイントは、細部まで作り込まれた設定です。タワーマンションの支配者が新興宗教のカリスマに祭り上げられるエピソード他、パンデミックを経たアポカリプスのイメージも鮮烈。
「俺はこの世界の脇役で、自分自身の人生でさえ主役になることはない」と諦観していた英雄が、消去法でヒーローになってしまった結末の皮肉さには、圧倒的カタルシスを覚えました。
2023年にアニメ化された『アンダーニンジャ』は、現代社会に紛れて生きる忍者の戦いを描いた漫画。
©︎花沢健吾 / 講談社
裏社会の隅々まで根を張る組織力とハイテク暗器を駆使し、町内や学校で人知れずバトルを繰り広げる彼等の姿は、大人の鑑賞にも堪えうるダーティーなハードボイルド路線を打ち出し、従来の忍者ものとの差別化に成功しました。
以上、花沢健吾の漫画の魅力を解説しました。ヒロインの扱いに難があり、いささか読む人を選ぶ作風ではあるものの、時代性とリンクした作家性で、一部に熱狂的なファンを獲得しているのは事実です。
今後も、筆者は創作活動を応援していきたいです。