講談社『なかよし』にて連載されていた武内直子の漫画、およびそれを原作としたテレビアニメ『美少女戦士セーラームーン』。
平成の始まりと終わりの二度に亘りアニメ化され、現在もテレビドラマ化やミュージカル化で話題を呼び続ける本作の魅力とは何なのでしょうか?
今回は少女漫画に革命を起こした『美少女戦士セーラームーン』(以下『セーラームーン』)の斬新さ、爆発的ヒットの背景を検証していきたいと思います。
(出典:https://x.com/sailormoon30th_/status/1838166966932287589)
1992年にアニメ化された『セーラームーン』は、のちの『プリキュア』シリーズに通じる戦闘ヒロインものの先駆けでした。
本作が画期的だったのは、タイプ別に取り揃えた美少女キャラを組ませ、女児向けの戦隊ヒロインものとして売り出したところ。
戦闘コスチュームがカスタマイズされたセーラー服というのも背伸びしたいオトメ心をくすぐりますし、おしゃまな変身願望を叶えてくれます。
当時の女子中高生にとってセーラー服は学校の制服、校則で着用を義務化された堅苦しい日常の象徴でした。故にセーラー服のまま怪人と戦い、女子力MAXの快進撃を続けるセーラー戦士たちの活躍は、退屈な日々にミラクルを起こす、目覚ましい異化効果をもたらしたのです。
髪に冠したティアラを三日月の軌道に沿って投擲する「ムーン・ティアラ・ブーメラン」、ハートのチェーントップをあしらった黄金の鎖を自在に操る「ヴィーナス・ラブ・ミー・チェーン」など、声に出して叫びたくなる必殺技も豊富。セーラームーンの決めゼリフ「月に代わっておしおきよ!」は、誰しも一度真似した経験があるのではないでしょうか。
セーラーマーズが赤、セーラーマーキュリーが青、セーラージュピターが緑、セーラーヴィーナスが黄色(オレンジ)と、小物に至るまでカラーリングが振り分けられているのもポイントですね。
本作が成功した最大の理由は、セーラー戦士たちを徹頭徹尾ティーンエイジの女の子として描いたこと。
元祖戦闘ヒロインと目される『リボンの騎士』のサファイアにしろ『ベルサイユのばら』のオスカルにしろ、常日頃から男装し、不断の努力をもって男になろうとしていました。
それは自身の女性性の否定に他ならず、ダブルバインドな葛藤を生みます。
1973年生まれの『キューティーハニー』はルックスからして露出が激しく、男性のセックスシンボルを兼ねた戦闘ヒロインとして描かれました。時としてハニートラップも辞しません。
翻りセーラームーンは、平成の女性漫画家が生み出した女性の為の女性ヒーロー。ここで男の子になりたい戦闘ヒロインから女の子でありたい戦隊ヒロインへパラダイムシフトが起きます。
(出典:https://x.com/sailormoon30th_/status/1625671084195594240)
スタイリッシュなアクションと女の子が女の子であるが故のカッコよさを両立させたのが、『セーラームーン』の新しさでした。
主人公・月野うさぎの地元が港区麻布十番商店街と公表されているのも、もとより手の届かないオスカル様やサファイアと違い、身近に下りてきてくれる親しみやすさを感じさせますね。
さらに『セーラームーン』の魅力を挙げるなら、前世や生まれ変わりを軸に、銀河の命運を巻き込んだ壮大な世界観も外せません。
ドジでおっちょこちょいなうさぎの正体は古代に栄えた月の王国「シルバー・ミレニアム」の姫、プリンセス・セレニティ。
転生後の彼女はその記憶を失っており、ことあるごとにちょっかいをかけてくる地場衛が、前世で引き裂かれた恋人プリンス・エンディミオンの転生体だと気付きません。
まさに少女漫画版『ロミオとジュリエット』、すれ違いの王道を行くロマンチックな展開。
1990年代はノストラダムスの予言が流布し、1999年7月に地球が滅亡すると信じる人が相次ぎ、オカルティックな終末論が世界各地で囁かれていました。
1986年から1994年に掛け『花とゆめ』で連載された『ぼくの地球を守って』は生まれ変わりをテーマにしたSF漫画で、前世の記憶を引き継いだ恋人たちの、地球の存亡を賭けた超能力バトルが主軸となります。
片や『なかよし』における『セーラームーン』の連載スタートが1992年、前日憚に当たる読み切り『コードネームはセーラーV』の『るんるん』掲載が1991年。
輪廻転生ブームを牽引した『ぼくの地球を守って』と『セーラームーン』の連載期間は被っており、読者の多くが「前世」「生まれ変わり」「運命」などのキーワードに感化されていた、世紀末の空気感が読み取れます。
今のあなたがひとりぼっちでも、ひたむきに願い続けていれば、前世で結ばれたソウルメイトに巡り逢えるかもしれない……。悩み多き思春期の少女たちにとって、『セーラームーン』が内包するメッセージは、心の拠り所になりました。
(出典:https://x.com/sailormoon30th_/status/1725378893182640371)
最後に挙げるのは、当時としては珍しいキャラクターの多様性。
『セーラームーン』に登場する数多くのキャラの中で、トップクラスの人気を誇るセーラーウラヌスこと天王はるかは、女性が恋するカッコイイ女性の理想像。海王みちるは同棲中のパートナーです。
アニメでは男装の麗人に改変されたはるかですが、原作では先天的に男性の肉体と女性の肉体を行き来するキャラ。その中性的な風貌とハンサムな振る舞いが、ファンを虜にしたのは言うまでもありません。
異性愛・同性愛を含む狭義の恋愛に終始せず、さまざまな愛と憎しみの形を描き出したのも『セーラームーン』の特異性。うさぎとちびうさ、土萠ほたると土萠創一のエピソードでは、親と子のすれ違いのもどかしさに焦点が当たります。
エレクトラコンプレックスを拗らせたちびうさが闇堕ちし、ブラック・レディとなって実父の衛に迫るインモラルな展開は、当時の子供たちに衝撃を与えました。
原作者のアドバイスに準じ、アニメ版を手掛けた幾原邦彦監督がはるかとみちるの肉体関係をほのめかすシーンを追加したのは、有名な話。
予定調和の子供だましをよしとせず、道徳規範上タブーとされてきた愛の本質を大胆に描き出すフロンティア精神こそ『美少女戦士セーラームーン』が今もって名作として語り継がれる所以なのです。